体外受精の研究会 (Up-to-Date on ART in 2019)、大変勉強になりましたが、シンポジウムの中で一番印象に残ったのは「Live Birth Rate向上を目指した卵巣刺激について」です。
座長は聖マリアンナ大学名誉教授の石塚文平先生で、演者はセントマザー産婦人科医院院長の田中温先生でした。
田中先生の講演は、前半と後半に別れてましたが、面白かった前半部分を簡潔に説明すると、卵巣機能がとてもよくない(=ほとんど消失している)患者さんに対する新しい物理的刺激による卵巣活性化法(=卵巣刺激法)についてのお話でした。
40歳未満で卵巣機能がほぼなくなっている病態を早発卵巣機能不全(POI:primary ovarian insufficiency)と定義しますが、そのような患者さんは自らの卵子で妊娠することは非常に困難で、これまでPOI の最も有効な治療法は提供卵子を用いた体外受精胚移植でした。
POI の原因は、原因不明のもの以外に、染色体・遺伝子異常、自己免疫異常、医原性(=卵巣手術、化学療法、放射線療法など医療が原因のもの)などありますが、共通の病態として卵巣内に残っている卵胞(=残存卵胞)の急激な減少があります。
この病態は、原始卵胞(=発育する前の最初の段階の卵胞)の活性化がほとんどおこらなくなり、卵胞発育および排卵がおこらないため難治性の不妊となります。
発育する前の段階の卵胞(=原始卵胞や一次卵胞)は、通常ゴナドトロピン非依存性に発育を開始します。
いわゆる、排卵誘発剤の注射薬の成分は、ゴナドトロピンという性腺刺激ホルモンという糖タンパクのカテゴリーに入ります。(ブログ参照)
つまり、卵胞が小さい(=初期の)段階では、これを排卵誘発剤を用いて発育させることは、通常困難です。
新しい刺激法について簡単に説明すると、手術によって(腹腔鏡下に)卵巣の一部を取り出したあと、まず、摘出した卵巣組織を1-2㎜くらいに細かく切断します。
その後、切断した卵巣組織を(原始卵胞内の)細胞が増殖するために必要な酵素(Phosphoinositide3-kinase(PI3K))を活性化する薬剤(PI3K 活性化剤)を添加して培養。
原始卵胞(の中の細胞)が活性化し、少し大きくなった卵胞(=二次卵胞)に、この段階の卵胞の細胞を活性化させる作用のある別の薬剤(Hippoシグナルの抑制剤)を添加して、卵胞をより大きくします。
培養した卵巣組織は、再び(腹腔鏡下)手術で、卵巣漿膜に戻します(=移植します)。
二次卵胞以上に発育した卵胞はゴナドトロピンに依存して発育するようになります。
ちなみに、Hippo はカバ (Hippopotamus amphibius)のことです。。
この方法によって既に赤ちゃんも生まれています。
医療の進歩は目覚ましく、これからも新しい技術革新によりこれまでに治らないといわれていた病が克服されることを望みます。